私の夢と目標について。好きなサッカーを職として目指す21歳

TETSU 夢 スペイン セビージャ サッカー 監督 コーチ 指導者 目標 仕事 チーム 日本 文化




こんにちは、TETSUです。

 

この記事は、2019年2月に公開したものです。

私はサッカーが好きです。

最先端のサッカーを学ぶべく、18歳の頃から単身でスペインのセビージャという街に行き、約2シーズンの時間を過ごし、スペインサッカー監督ライセンスの1つ目となるレベル1を取得できました。

現在は21歳で、日本に帰国し、サッカー指導者をしています。 

TETSUの自己紹介と経験

2018.05.09

今回は、“自分の夢”についての記事です。

そんなの、「誰得な記事だよ…」とも思いますが、自分のブログに自分の言葉で文字として残しておくと、将来の自分のためにも少なからずなると思うので、書き残したいと思いました。

 

少しでも興味がある方や、サッカーが好きな方、スポーツ関係の職で働いている方など、どうぞ御覧ください。

スペインのセビージャに来た理由。ここにしかいない面白さ

2018.05.10

私の夢について

私は、目標や夢を文字にして残す事がとても重要だと思っております。人の感情というものは変わってしまうもので、その時々の感情や思考を文字に残すと、後に簡単に見返すことが出来ますし、頭の中で整理しやすくなります。

なので、スペインで生活をしていた時から今までもしてきました。ノートや携帯にたくさん残っています。

 

私の夢は、「サッカー監督としてトップチームを率いて、試合に勝つこと」です。

 

この夢は自分が18歳くらいの時に決めました。

私は16歳でサッカー指導者を始めましたが、その時の夢は「チームの戦術を考えられる監督などの役割を、チームで担う事」でした。

ちなみに私はサッカーを中学2年生で辞めました。

東京の中学クラブチームの否定。悪い練習内容とサッカーを辞めた訳

2018.09.15

今ではこの夢を持っている私ですが、私はサッカー監督にそんなに向いていないと思います。

 

それは、当時18歳の時に、スペインに行ってすぐに気が付きました。

いや、日本でサッカー指導者を始めた16歳の頃から、薄々気づいてはいました。

 

その理由は、私の性格的にです。 

スタイルの悪いブサイクな人が、ファッションモデルになりたいとそれを目指すことや、高所恐怖症の人が高層ビルの窓拭き清掃員を目指すことのように、人には向き不向きというものが少なからずあり、何に向かって努力をするかは大切だと思います。

ですが、不可能でもないのも事実。

 

私はサッカー監督が全く向いていないわけでもないです。

現に、もう何年もサッカー指導者をしていますが、初めてサッカーを指導をした時よりかは自分の実力が上達していると確信していますし、自分の行動力の高さ、挑戦と失敗も日々して成長しています。 

ですが、やはり私はサッカー監督よりも、その監督をサポートする第二監督や、試合分析官の方が合っています。

そして、私はそれらの職が好きで、同じくらい憧れています。

 

なのに、なんで今の夢を目指しているのかというと、サッカーの戦術にハマり、サッカーの奥深さに魅了され、全てを指揮するサッカー監督に憧れてしまったからです。 

なので、夢は「サッカー監督としてトップチームを率いて、試合に勝つこと」ですが、

それは現在の私の夢の最終到達点としており、

まずは、「第二監督や試合分析官となりチームを勝たせ、自分としても経験を積むこと」が今の私の目標です。

 

日本にいると夢を見失いそうになる

私にとって、スペインでの2年間はとても刺激的でした。

 

全てが新しく、吸収するものが多く、毎日が無数の挑戦と失敗の繰り返しで、18歳でガキだった自分をとても成長させてくれました。

 

特に、スペイン生活の2シーズン目は、ライセンスを取得するためにもサッカーの指導者学校に行き、スペイン語で多くの知識を学び、復習と予習を繰り替えし、夕方にはチームの練習、夜にはサッカーの試合観戦と、本当に新しい知識をインプットし続ける毎日でした。 

スペインのサッカーコーチングスクール、監督養成学校での最初の衝撃

2018.05.13

ですが、日本に帰ってきたら、その刺激はほとんど得られません。

 

日本のサッカーというスポーツは、スペインなどの欧州の先進国と比べるととても遅れていると思います。日本の文化や日本人の性格的にも、レベルアップするのが難しい点は多いと思います。

ですが、日本だと誰でもサッカー指導者としてお金を稼ぐことは比較的に簡単で、それのせいかサッカー監督やコーチは一般企業の会社のように年功序列が多い印象です。

年功序列だと新しい知識を呼び込んでの発展も難しい。

それでいて、私の目指す「第二監督、分析官」などの職で経験を積める環境も少なくチャンスも少ないと感じます。

 

スペインで得られる以上の知識が日本にはあまりないので、スペインでは毎日出来ていたインプットが本当に少なく、日本では非効率なアウトプットだけが多く、自分の成長に繋がっているとも思えず、時間の無駄を感じてとても焦ります。 

 

私は、人生の時間を無駄にしたくなかったので、高校を卒業後すぐにスペインに行きました。

そこからの2年間は想像以上にとても順調でしたが、資金とVISAの関係で日本に帰国をしてから、どれが正解なのかが分からなくなる事が多々あります。

それは、私の求める環境と内容に一致していたのがスペインにあり、スペインにしかないものなのだからだとも思いますが、日本での最善の環境を見つけられない自分のせいでもあるでしょう。

 

よく日本で先輩の方やサッカー関係者の知り合いの人などと話をしていると言われるのですが、

「スポーツ関係の仕事で食べていくのは難しい」、「指導者なんて契約期間も安定しない」

などと、社会人として、一般企業の正社員との比較話を持ち出され、会話が進んでいく事があります。

 

その人らの意見はもちろん理解出来ますが、自分は“正社員としてサッカー指導者になる”ことを目指してはいなく、“サッカー監督になること”を目指しています。

生活をしていく上での安定”ではなくて、“目標への挑戦と到達”を目指しているので、根本的に話していて違うなと感じます。

 

話を聞いていても、「もちろんそうすればお金がもらえて将来は安定するかもしれないが、それが目標じゃないんだよな」と思います。

日本はサッカー監督やコーチ、フィジカルコーチなど、“サッカー指導者”とまとめて考えてしまうので、その食い違いが原因だとも感じます。

 

スペインでは、役職がしっかりと分かれていますし、サッカー監督でもほとんどがボランティアで、育成年代ではお金をもらえてもほんの少しだけ。ボランティアだとしても解雇も日常茶飯事です。

ですが、日本ではそこまで知識や経験のない人でも最低限のアルバイト料はもらえたりと、お金の面は潤っているので、1つの職として見られてしまっているからかもしれません。 

 

私が“生活をしていく上での安定”を目指しているのであれば、高校を卒業してすぐにスペインに行く決断はせずに、同世代の友達たちと同じように日本の大学に進学をし、たくさん遊んでどこかの企業に就職しようとしているでしょう。

スペインに行く決断をした高校生の時から、それなりの覚悟はありました。

 

ですが、日本でサッカー指導者をしながら正社員になれる環境で実際に働いたり、そのような話をいただくと、その“生活をしていく上での安定”に寄った考えを自分自身してしまう時もあります。

そうなると、その考え方を肯定するように、スペインでの辛く苦しく嫌な思い出ばかりを思い返したりもしてしまいます。 人としての甘さを感じます。

 

可能な事であれば、すぐにでもスペインに戻りたいのですが、VISAと資金の面で直ぐに行くのは難しく、それだけで焦り、余計な事まで深く考えてしまいます。 

今までのように、自分の出した決断と行動力で、後悔のない道を選べるとも思っておりますが、今までとこれからの時間を無駄にしたくないので、その分不安になりますね。

 

自分のことは自分には分からない。

これは科学的にも正しい言葉ようですが、正にその言葉の通りだと感じます。 

 

自分の夢を達成する為に、今できる小さなことを積み重ねて、チャンスを逃さない準備をし続けないといけませんね。

Twitterで私の人生が変わった。貴重な人との出会いを得られるSNSツイッター

2019.03.03




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です